02


瞼を落とすと同時に意識も深く落とした夜は垂れ桜の舞う世界に降り立つ。
木の下でこちらに背を向けて蹲る昼を見つけ、夜は足早に昼の元へ足を進めた。

「昼…」

声をかければぴくりと揺れる小さな肩。
もっとも、声をかけずとも二人は互いに気配だけで相手が訪れたことを感じ取ることができるのだが。

夜が来たことを知りながらも昼は決して背後を振り返ろうとしなかった。

「昼……」

そんな昼の側で足を止め夜は地面に膝を付く。
小さくなっている昼の背中を後ろから包むように抱き締め、後ろから回した指先で昼の頬を濡らす涙を優しく払う。

「もう泣くな」

《……っ…ふっ…》

昼は声を殺して泣いていた。

「怪我を治してくれたのはお前だろ」

昼へと受け継がれていた治癒の力。

《…でもっ…僕はっ…、僕がっ…夜を…》

「大丈夫だ。大丈夫だから、怯えるな」

ぎゅぅと自分の体を抱き締め震える昼に夜は何度も大丈夫だと繰り返し言葉を紡ぐ。

「俺はここに居る。お前の側にいる」

痛いぐらい強く昼の身体を抱き締め夜は語りかける。

いつだったか夜が怪我を負った日、昼はそのぬくもりを確かめるように強く抱き締めてくれと言っていたのを思い出す。

「俺はここに居る。お前を一人になんかさせねぇし、この手を…」

祢々切丸の握られていた昼の右手に夜は左手を重ね、包む。

「俺の血で汚させたりなんかしねぇ」

《…っ…夜っ!》

ふつりと張り詰めていた糸が切れたように、振り向いた昼が夜に抱きつく。
それを夜は包み込むように抱き止め、新たに溢れ落ちた涙に唇を寄せた。

「大丈夫だ。俺はここにいる。お前の目の前に」

少しでも多くのぬくもりを伝える様に口付けを降らせ、栗色の髪を撫でる。

《ふ…っ、ごめん、夜…》

暫くして落ち着いたのか昼が夜の腕の中でポツリと溢した。

「気にするな。悪いのはあの陰陽師であってお前じゃねぇ。それより、怪我はねぇか?」

《…ん》

「なら良い」

泣いて赤くなった昼の目を見つめ、夜はふと笑う。
すると何故か泣き止んだ筈の昼の目に再びじわりと涙が浮かんだ。

《っ、…夜は優しすぎるよ》

震える声が呟き、夜の胸元に昼の顔が押し付けられる。言われ慣れない言葉に夜は瞬き、やがて囁くように昼の耳元へ返した。

「…そう思うならきっとそれはお前限定だな」

自分の命をやっても良いと思えるほど強い想い。
陰陽師に告げた言葉に嘘はない。

傷付いた昼の心ごと抱き締めて、布越しに伝わってくる熱と鼓動を感じなから夜は静かに瞼を伏せた。



end



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